ロードバイクとスーパーカブで巡る四国八十八霊場と別格二十霊場

ロードバイクとスーパーカブで巡った108の霊場を順次ご紹介します。ブログの前半は寺の歴史と堅い文章が続きますが、後半は寺の見どころやご利益、寺へのアクセスや雑感などを書いてみました。🚲🛵

東予随一のもみじのお寺 愛媛県西条市「興隆寺」(その69)

別格第十番札所 仏法山  興隆寺

(ぶっぽうざん  こうりゅうじ)

住所 西条市丹原町古田甲1657

電話 0898-68-7275

国分寺から興隆寺まで

距離  16.9km 標高差  +249m  -57m

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国分寺から興隆寺まで

寺伝によると皇極天皇元年(642年)に空鉢上人により寺が創建されたとされる。空鉢上人とはインドから中国・朝鮮半島を経て渡来した法道仙人のことをいう。播磨の国一体に法道仙人ゆかりの寺が多く、四国では同じ別格霊場仙龍寺が法道仙人による開山と伝わる。その後は養老年間(712〜724)に行基が留錫。延暦年間(782〜806)には報恩大師が入山したところ、本堂西の杉の枝で本尊が光を放っているのを感得。枝を切り落とし本尊の台座とする。これが今も秘仏として伝わる千手観音であり、ゆかりの杉の木は「影向杉」「子持杉」と呼ばれる。この奇譚により寺は桓武天皇の勅願所となり、七堂伽藍が整備される。また弘法大師も寺に入山し、今の御詠歌と伝わる歌を残す。以降武家社会に入ると、皇室をはじめ、源頼朝、河野家、久松家等の崇敬を集め、東予随一の霊地となる。現在では真言宗醍醐派の別格本山とされ、本殿や宝篋印塔、銅鐘が国の重要文化財に指定。銅造如来立象や三重塔、興隆寺文書、名勝西山は県の文化財に指定されている。寺は高縄山系の西山の東麓に位置し、標高100〜300mに広大な寺域を有する。西山とは特定の山ではなく、市街の西に連なる山並みという意味。これにより寺は別名西興隆寺と呼ばれる。市街から坂道途中にある六角堂が寺へのスタート地点。その後、御詠歌に詠まれた御由流宜橋(みゆるぎのはし)という小さな赤い橋を渡る。橋の裏側には光明真言が書かれており、橋は無明から光明への架け橋とされる。仁王門をくぐると楓の木が生い茂る長い参道が続く。参道脇には牛の形に似た牛石がある。源頼朝が本堂を再建した際、資材を運搬していた牛がこの地で倒れたため、牛に似た石で葬ったと伝わる。参拝者は口のように見える石の割れ目に草を差し込み、労をねぎらうのが習わし。更に登ると右手に勅使門、城のような石垣の上いは本堂、大師堂、三重塔が立ち並び、風格のある大寺院である。別格第七番の出石寺と同様、何故この寺が八十八霊場でなく別格霊場なのか、実に残念だと思う。寺には珍しく食事処があり、畳座敷の大広間で鯛めしやうどん、汁粉が楽しめる。座敷の窓からの眺望は「扇面の景」と呼ばれる。左右に広がる山の稜線によって景色が扇型に切り取られることに由来する。和風庭園越しに広がる風景を是非味わってほしい。寺は別名「紅葉寺」と呼ばれ、秋のもみじの美しさは別格。シーズンには行楽客が押し寄せ、カメラマンに対してお遍路の邪魔にならないようにと注意看板が出るほど。せっかくなので紅葉時期の、観光客の少ない早朝を狙ってお参りするのがベストであるが、美味しいうどんはやはりお昼に味わいたいもの。さてどうしたものかと、ささやかな煩悩を楽しみたい。国分寺から第六十番札所の横峰寺まではやや距離があり、かつ横峰寺は山寺としては大ボス的存在なので、この区間スーパーカブでのお参りがお勧め。

御詠歌 み佛の法の御山の法の水 ながれも清くみゆるぎの橋

御本尊 千手千眼観世音菩薩

真言 おん  ばさら  たらま  きりく

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